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儀式としてのステージ(R.I.P. Oscar)

かけがえのない感動を与えてくれたオスカーに、めいっぱいの感謝をこめて。
(ジャズライフ誌2004年12月号より)
 日本とカナダが国交を開始して75周年。それを記念し、カナダから巨匠オスカー・ピーターソン、日本から若手の上原ひろみが、(両者の共演はなかったが)同じステージに立つという、異例のダブルビルが実現した。会場となった東京国際フォーラムホールAは、いわゆるジャズ・フェスティバル規模の興行を行うキャパシティを有する。まさに老若男女、あらゆる世代の音楽ファンが集まったという感じだった。




 開場が20分遅れたため、開演も20分遅れてのスタート。最初はもちろん上原ひろみのトリオ。「せぇのォ、どんッ!」という感じで爆発するオープニング。満員の大観衆を前にエネルギッシュな演奏を展開していく。2曲目はヒーリングっぽいロマンティックなメロディが魅力の幻想的なナンバー。チック・コリアのようなクリスプで、きめ細かな指さばきが印象に残った。メンバーも次第にリラックスしてきたのか、「ワイルド・ソング」、「イフ」とベースを大きくフィーチャーしながら、のびのびと演奏する上原。上下、黒のスーツで固めた小さな体躯、ヴォリュームたっぷりのヘアスタイルの彼女は、ソウルフルなフレーズを体をくねらせながら紡いでいく、ピアノの前で羽ばたく蝶のようである。最後はブルース・リーとジャッキー・チェンのために書いた彼女のオリジナル。キーボードから流れる電子音によるギクシャクとしたメロディ、ベースのシンコペイション。どんどん加速、上原はファンクのリズムに乗って、ゲーム音楽のようなサウンドをエキサイティングに聴かせた。往年のハービー・ハンコックを思わせるこの顔も、上原の魅力のひとつといえる。
 20分の休憩後、ピアノも交換して、いよいよ大御所ピーターソンの登場だ。彼の演奏を体験するのは、前回2003年6月の『ブルーノート』公演以来、1年4ヶ月ぶりだ。ドラマーが前任のマーティン・ドリューからアルヴィン・クイーンに代わり、よりスイングするバンドになった。開演を告げるMCに続き、ドラム、ベース、ギターの順で名前が呼ばれ、それぞれ舞台に登場。登場順に音を重ねていくという構成。そして、いよいよ御大の登場となると、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こり、ディープ・ブルーのスーツを着用したオスカーが、舞台の左袖に現れた。オープニングはミルト・ジャクソンのブルース。少々指がもつれ、テーマのメロディもおぼつかない感じなのだが、興奮した会場のなかでは、そうしたミスすら気にならないほどの圧倒的な存在感と貫禄を感じる。ワケニウスのソロになると、スイング感もなめらかになり、さすがレギュラーバンドといった自然な装いをみせた。ギターやベースのソロのときもピーターソンはしっかりとバッキングのコードを押さえ、ドラムスとのバース・チェンジでもクイーンのフレーズに呼応したフレーズで返答する。オスカーの意識のなかでは、昔と変わらぬ気持ちでステージに立っているだけなのだろう。2曲目は名盤『カナダ組曲』から「ホイートランド」、3曲目は「ケイクウォーク」と続き、ようやくピーターソンのMCに。ここで沈痛な面持ちで語る彼の言葉通りの演奏となった。

「ジャズという素晴らしい音楽を創造し続けてきた仲間たちが次々と他界しています。ノーマン・グランツ、レイ・ブラウン、ジョー・パス、バーニー・ケッセルなどなど。そんな彼らの素晴らしい業績に対し、私はこの曲を書きました。タイトルはシンプルに『レクイエム』です」それはなんとも安らかな気持ちを呼び覚ましてくれる演奏だった。

一般に、音楽のコンサートはエンターテイメントのひとつとされる。だがこの日、この演奏に限っていえば、それは「敬虔なる儀式」のように感じられた。同時代を生き、歴史を作り上げてきた仲間が去っていくなか、たったひとり最後に残された巨人ピーターソン。10年ほど前に脳梗塞で倒れた後も、見事カムバックを果たした彼は、おそらくステージに立ち、演奏し続けることこそ、残された自分に与えられた宿命なのだ、と。そのことを雄弁に聴衆に伝えて余りあるものとなった。

1回のコンサートで得た感動は、100枚の名盤コレクションにも優るともいわれる。めくるめくスピードで両手が動くオスカーを聴きたい人は、過去の名盤を聴けばよい。この日のオスカーは、ステージに立つその姿と、命ある限り演奏し続けるその姿勢と精神だけでも、多くの人の心を強く揺さぶった。そのことはアンコールでふたたびステージに現れたオスカーへの、せいいっぱいの拍手とスタンディング・オベイションによって証明された。

 この日の演奏に触れた人もそうでない人も、ぜひ9月に発売された『ウィーンの夜』(DVD)をチェックしてほしい。触れた人はこの日の感動を再体験できるだろうし、そうでない人には、この日のオスカーがどれだけ偉大でかけがえのない、すばらしい存在であったか。容易に想像できるはずだ。

2004年10月4日(月)東京国際フォーラムホールA
■上原ひろみ(p,keyb)Tony Greyトニー・グレイ(el-b)Martin Valihoraマーティン・ヴァリホラ(ds)
【曲目リスト】
1.XYZ
2.Desert on the Moon
3.Wild Song
4.If...
5.Kung-Fu World Champion
■オスカー・ピーターソン(p)ウルフ・ワケニウス(g)ニルス・ペデルセン(b)アルヴィン・クイーン(ds)
【曲目リスト】
1.Reunion Blues(Milt Jackson)
2.Wheatland(Peterson)
3.Cakewalk(Peterson)
4.Requiem(Peterson)
5.Backyard Blues(Peterson)
6.When Summer Comes(Peterson)
7.Sweet Georgia Brown(Ben Bernie,Kenneth Casey, Maceo Pinkard)
Encore:
8.Satin Doll(Ellington)
by makotogotoh | 2007-12-27 12:37
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