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安いことは本当にいいことか?
 残念なことに、私の好きなピアニストのひとり、トヌー・ナイソーのCD『Relaxin' at VIRU』が、直前になって発売中止になりました。こちらにその告知が出ています。
 どういう理由で発売になったのか?「諸処の事情から」と一言あるだけで、部外者の私には、何も分かりません。値段は1200円です。
■一般消費者の反応
 新譜CDが1200円という値段で発売されることについて、一般の消費者(ジャズ・ファン)は、この事実をどのように受け止めているのでしょう?先に出た第1弾作品『Trio Acoustic/Giant Steps』について、このブログと、このブログにコメントがありました。なかにはこのCDの値段の安さを歓迎するものが数多く見受けられます。
 〈CDが安いに越したことはない。世の中のCDが全部こんなだといいけれど、輸入盤はまだしも国内盤の高いことといったらありゃしない。いくらLP時代と値段は変わっていないからとはいえ、輸入盤との価格差を考えるとそろそろ見直す時期にきているのではないかと思うけどね〉
 〈このアルバム、とても安くてビックリ、嬉しくなります〉
 〈新譜でこんなに安い値段でしたら、万が一やっている音楽が肌に合わなかったとしても許せてしまいますね(笑)〉
〈最近時々こうした廉価版に出会うので、大人買い(?)してしまいます(笑)〉
〈新譜がこの値段で買えると、中古盤の値段設定も難しくなりますね〉
〈買取値段を考えるともっと売値は安くてもいいような気がします〉
〈ちょっと録音が古かったのでどうしようか迷っていたところなのですが、発売前から生産中止とはいったいどんな事情があったのか〉
 安さを歓迎する人がたくさんいるようです。
 このCDが発売されることを知った時、私は発売元が設定した1200円という値段に、少なからず驚きました。これを無条件で歓迎していいのか疑問に感じたのです。
 新譜CDが1200円という値段で売るには、どこかで無理や偽装(という表現が不適切なら、不誠実な行為)が生じているのではないか、と。
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 ところで例の餃子事件から、学ぶべき教訓とは何でしょうか?
 企業や消費者が安さを追求した結果、安全第一という大原則がないがしろにされました。利潤を求める企業と、安さを求める消費者。両者の目的が一致し、コスト削減を追求した結果、生産工場も原料となる野菜も労働力も、日本から中国に移されました。その結果、作る人と、食べる人の間に「大きな溝」が生まれたのではないでしょうか。

 工場で餃子を包んでいるのは、安い賃金で働かされている中国人。
 その餃子を安い、おいしいといって食べている日本人。
 中国における反日感情は容易に想像できます。
 中国人労働者くは、自分の包んだ餃子を食べる日本人のことを、どう思っているのでしょう。
 以下、仮説です。
 もし国内で生産していたら、工場で働く人と、それを食べる人はまぁ同じ日本人です。
 ならばコストは高くなっても、安全について、細心の注意を払ったのではないでしょうか?
 生産者が消費者を意識しなくなった時、あるいは消費者が安さを追求し、生産者に敬意を払わなくなった時、こうした偽装が発生するのではないでしょうか?

 さて本題に戻ります。
 アーティストやプロデューサー、レコード店の人たちがそれぞれ、音楽を演奏すること、CDを制作すること、CDを販売することに、それぞれの仕事に誇りを持っていてほしいと思います。なぜなら音楽から得られる感動は、お金で測れないからです。音楽を演奏する人も、CDのプロデューサーも、そのCDを販売する人も、みな同じ人間です。
 ファンも値段の安さばかり歓迎するのではなく、音楽を作った人たちに敬意と期待を払うべきではないでしょうか?
 1枚のCDを聴く時、私は関わったすべての人に感謝します。なぜなら、その誰かがいなくなったところで、そのCDは私の元に届かないからです。お金を出せばCDを買うことはできます。しかし制作する人がいないと、そのCDも、音楽も聴くことができないのです。

 以下、仮説です。
 もし、1200円という破格の値段で販売されるはずだったCDが直前に中止になった、その背景に、ミュージシャンへの報酬が不当に安いとか、素材が粗悪とか、楽曲の著作権使用料を払っていないとか、なんらかの〈不誠実な行為)がどこかで発生したのではないか、と推測します。私の推測に根拠はありません。ですが、どこか怪しさ、いかがわしさを感じます。
 なぜこのCDが突然、発売中止になったのか。発売元には納得のいく説明を公表してもらいところです。

 ではこの発売元はどういう人がどういうポリシーで運営しているのでしょうか?
発売元のサイトにはこんなコピーがあります。
《《前略)JAZZのCDも、軽い気持ちで自分流に選びたい。タパスレコードでは、世界各国から選ばれた素材を、あくまでお手軽に、楽しみながら、味わって頂こうと発足しました。
 あくまで気まぐれです。どうぞこの気まぐれ感を楽しんで頂ければなって思っています。》
 あくまで気まぐれ?これを読んで、言葉を失い、呆れてしまいました。
 気まぐれでリリースするのはなく、自分で出すものにはきちんと誇りと責任を持つ。
 それが心ある発売元というものでしょう。
 良い演奏をしたいミュージシャンと、そのCDを理想的な形で届けたいというプロデューサーがいて、はじめてよい作品が生まれるものです。
 上記タパスレコードの紹介文からは、少なくとも私は制作者の誠意を感じることはできませんでした。
 安さや利潤を追求した先に、真の感動があるのでしょうか?
 ミュージシャンだったら、自分が精魂こめて作ったCDを、気まぐれ、あるいはつまみ食い感覚で発売されて、うれしいでしょうか?
 発売の決定が気まぐれなら、中止も気まぐれなのでしょうか?

 で、賢明なるこのブログの読者の皆さんなら、お分かりかと思うのですが、最初に引用した方たちが、日本のジャズのネット文化の一翼を担っているわけです。
 安くて嬉しい、値段が安いから、内容が悪くても許せる、大人買い、中古盤の値段設定が難しい、売値はもっと安くてもいい――こういう人たちの発言や動向を、私はあえて分析したいとは思いません。
 昨日の書き込みに、南浦猫麻呂さんから《分析をするのでもなく、たた単に現象面を書くだけでは、日本の素人ブログが「こんなの聞きました」と書いているのと構造的に同じではないですか》というコメントを頂戴しました。今日のこの書き込みが私の分析、あなたへの最後の回答だと思ってください。
 少なくとも音楽の中身や演奏家や制作者への言及ではなく、価格の安さや中古の買取価格などの書き込みが日常的に行われているブログや掲示板は、おそらく日本だけと思います。

PS:トヌー・ナイソーさんは、このCDに収録された音楽を、気まぐれではなく、誠意をこめて作ったと思います。このCDが近い将来、いつかきちんとしたルートを通じて、正式に発売されることを期待します。別に1200円より高くてもいい、たとえば2500円であっても、中身の音楽が素晴らしければ、その価値は一生モノです。
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by makotogotoh | 2008-02-11 00:12
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