2007年 12月 28日 ( 2 )

イギリスの評論家によるピーターソン訃報記事。

知られざるエピソード満載、これぞプロの仕事。ちょっとボリュームが多すぎて満腹ですが。イギリスのジャズ評論家Steve Voceによるピーターソンの訃報記事。ソースはこちら
Oscar Peterson: Virtuoso pianist who dominated jazz piano in the second half of the 20th century
Oscar Emmanuel Peterson, pianist: born Montreal, Quebec 15 August 1925; married first Lillie Fraser (deceased; two sons, three daughters; marriage dissolved), second 1958 Sandra King (marriage dissolved 1976), third 1977 Charlotte Huber (one daughter; marriage dissolved), fourth Kelly Green (one daughter); died Mississauga, Ontario 24 December 2007
Published: 26 December 2007

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by makotogotoh | 2007-12-28 07:09

これは阿久悠さんの遺言状だ(市川森一)

a0107397_216537.jpg 2007年8月に亡くなった阿久悠さんの『清らかな厭世―言葉を失くした日本人へ』(新潮社)を読む。
産経新聞の連載「阿久悠 書く言う」(平成16年4月3日~19年6月9日)を再構成。「はじめに」平成16年3月7日産経新聞「正論」に掲載されたもの。 
どのエッセイも、見開き2ページで、すらすら読ませる。しかし、なかなか進まない。一つ一つのフレーズが気になたって、つい読み返してしまうのだ。一編一編のエッセイが、まるでひとつの歌のように。
言葉で時代を切り取って阿久は、劣化した近年の日本社会を、日本人を、ひたすら嘆く。
日本の文化、日本人としての文化を愛し、それを言葉に乗せて、表現してきた阿久悠の視点、人生観、そして哲学が伝わる。脚本家、市川森一さんの書評から。
《これは阿久悠さんの遺言状だ。生涯を「言葉」だけを武器に俗世と斬(き)り結んできた人の最後のアフォリズム(警句)だ。
 たとえば、「ユーモア」という言葉が死語になってしまっていることを阿久さんは指摘する。そのかわりに蔓延(まんえん)しているのが、テレビの「お笑い」だという。それも、かつての喜劇人たちは(チャップリンもエノケンも)、自分を痛め傷つけることが笑いの原則だったのに比べ、いまのテレビのお笑いの主人公たちは(さんまもダウンタウンも)、決して自分たちは傷つかない。自分たちはもっとも優越的な場所にいて他者を笑いものにしている。「被害者を指名してみんなで取り囲んで、まあ、逃れられない悲劇にしておいて、選択肢のない残酷を笑うのである」
 そこにはユーモアの欠けらも存在しない。「ユーモア」とは何か? そんな問いに阿久さんはひと言で答えてくれる。
 ユーモアとは、相手を許すことだ、と。
 こうしたエスプリの利いた警句が頁(ページ)をめくるごとに針のようにチクチクと胸を刺してくる。
「ペーパードライバーが最優秀ドライバーのような人間の評価が罷(まか)り通る」といった嘆きの言葉もでてくる。
 いまの情報社会は、敗者復活不能のシステムだと、阿久さんは言う。
 「社会は汚れきり、人間の美意識は乱れてしまっているのに、自分以外の人に対しては完璧(かんぺき)を求め、ちょっとでも欠点や失敗が見つかると袋だたきにする社会構造は何なのだろう」と、首をかしげ、結局、「何にもしなかった人だけが褒められる社会になってしまう」という疑問が突きつけられる。
 「若者はほっといても若者だが大人は努力なしでは大人になれない」。かくして、だれも大人になろうとしない奇っ怪な価値観の国から、数少ない大人が、またひとり消えていった》
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by makotogotoh | 2007-12-28 05:37