訃報 石原康行

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2010年11月24日、石原康行(いしはら・やすゆき)さんが肺炎のため、千葉県市川市内の病院にて死去した。享年87歳。

石原さんは1923年(大正12年)1月30日、東京・神田に時計屋(貴金属店)の長男(一人っ子)として生まれた。社交ダンスが好きだった父親の影響でSP盤のレコード係をさせられたのをきっかけにジャズに開眼。昭和17年、特攻隊に志願して陸軍航空技術学校に入った。九州で終戦を迎えると、両親がすでに疎開していた市川に居を構える。
日本コロムビアを経て、昭和26年にラジオ東京の開局と同時に入職。戦後のジャズ・ブームのなかで、ラジオ放送やレコード制作の分野で活躍する。1953年11月、JATPの一員として日本を訪れたオスカー・ピーターソンとフリップ・フィリップスが秋吉敏子の演奏を聴き、ノーマン・グランツが即座に録音を決意。レコーディング現場に立ち会ったのも石原さんだ。その後ラジオ東京がテレビと同経営となり、1961年から始まったモダン・ジャズの時代に入ると、アート・ブレイキーを皮切りに、キャノンボール・アダレイ、アニタ・オデイ、エラ・フィッツジェラルドなど、日本を訪れたジャズ・アーティストたちのテレビ番組制作にも携わった。
1978年9月、TBS主催で行われたモンタレー・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン、ユピテル・レコードでの録音。近年スキップ・レコードからCDで復刻されてきたアトラス原盤の一連の作品も、石原さんのプロデュースによる。
石原さんの詳しい足跡については、以前の「ジャズ批評」誌で「戦後ニッポンジャズ事始め~忘れぬうちに伝えておきたい私のラジオ・デイズ」というコラムを6回にわたって連載されている。戦後の日本ジャズの歴史に興味のある方は、そちらを探してみること。
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by makotogotoh | 2010-12-04 04:11 | 訃報
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