人気ブログランキング |

訃報 Erik Norström

a0107397_13470475.jpg
スウェーデンのテナー・サックス奏者、エリック・ノルシュトゥルム(Erik Norström)が2019年6月7日死去した。83歳。体のバランスを崩し、後方に倒れて頭を打ったので病院に搬送されたが、そのまま息を引き取った。
a0107397_13465060.jpg
 10年ほど前の夏、イェーテボリから90㎞北西に位置するリゾート地ヘレヴィークストランドに住む伝説のテナー・サックス奏者、エリック・ノルシュトロムと会った。ノルシュトルムの名前は、よほど熱心なマニアでもまず知らない名前だろう。というのも、彼名義のアルバムやサイドメンとしての録音がほとんど残されていないからだ。しかし昨今のクラブ・ジャズ・ブームを受け、2009年6月には1985年と1989年録音の自主制作盤から抜粋した『セーヴダーレン・ビッグバンド(クングエルブ・レコーディングスコレクション)』(XQEN-1005)が復刻された。
 1935年11月5日、アンシャスビーク(Ornskoldsvik)というスウェーデン北部の街で生まれたエリックは、町工場で働いていた父親の影響でピアノをはじめ、11歳から音楽学校に通ってクラリネットを学んだ。15歳からはテナー・サックスに転向、バンド活動を本格的に始めた。もともと天才肌だったのだろう。1955年、20歳の若さでスウェーデン国営放送のバンドに抜擢され、ベース奏者グンナー・ヨンソンのグループに在籍するためにイェーテボリに移った。このヨンソンのグループで、伝説のピアニスト、ヤン・ヨハンソンと出会った。スタン・ゲッツもスウェーデンを訪れる度に、このグループとのツアーを頻繁に行った。当時スタン・ゲッツは、ジャズ雑誌『ダウンビート』のインタビューでこんな風に答えている。「スウェーデンのイェテボリで素晴らしいテナー奏者を聴いた。名前はエリック・ノルシュトルムというんだ。ジャズの仕事はあまり取っていないようだが、実に素晴らしいプレイヤーだ」
「あなたのアイドルは」の質問に、エリックはラーシュ・グリンの名前をあげた。スウェーデンの多くのミュージシャン同様、バリトン奏者のラーシュ・グリンはやはり偉大な存在なのだ。1956年9月、トランペッターのロルフ・エリクソンがアメリカから凱旋帰国した際のエピソードや、彼の初録音であるトミー・ポッター名義の『ハード・ファンク』セッションについての興味深いエピソードをうかがう。《エリクソンは神経をすり減らし、疲れていたね。リーダーのポッターは、プンチという、強くて甘い琥珀色のスウェーデン・リキュールを気に入ってしまい、録音時もかなり酔っ払っていた(笑)》
《とにかく大変なツアーだった。ロルフ・エリクソンにとっては故郷に錦を飾る凱旋ツアーのはずだったが、アイスランドのレイキャヴィクで、連れてきたアメリカ人たちが行方不明になってしまった。結局ツアーが続行できなくなり、途方にくれたエリクソンは急遽、別のリズム・セクションを手配するようにアメリカのマネージャーに要請し、代わりのリズム・セクション(フレディ・レッド、トミー・ポッター、ジョー・ハリス)が送り込まれてきた。アメリカから管楽器奏者も来るはずだったが、手配できなかったので、レコーディング・セッションの一部に私も呼ばれた》。
 この後、1957年から59年にかけて、エリックはベース奏者グンナー・ヨンソンのバンドに参加。このバンドはジェリー・マリガン=チェット・ベイカーのピアノレス・カルテットの影響を受けながらも、独自のスタイルを作る。そしてエリックは、このバンドのアレンジの多くを手がけた。しかしアレンジについては独学だという。
 「どんな音楽に影響を受けたのですか」と質問すると、マイルス・デイヴィスの『クールの誕生』と即座に答えた。《具体的にどの曲のアレンジや、どの人のソロというのではない。アルバムのコンセプトに大きな衝撃を受けた》という。
 その後、1970年代に入ってからは音楽学校の教師もしながら、地元でプロ&アマ混合のビッグバンドを結成、定期的にリハーサルを続ける。ウデバラ・ビッグバンド(現ボーヒュスレーン・ビッグバンドの前身)にも在籍し、ボーヒュスレーン・ビッグバンドと改名した後も、ファースト・テナー奏者&アレンジャーとして貢献した。先頃、復刻されたアルバムは、80年代に彼が残したビッグバンドの自主制作盤からピックアップしたものだ。
 公私ともにつきあいがあったというスタン・ゲッツについて尋ねると、《スタンは素晴らしい人物だった。2人でよく卓球を楽しんだよ》。ゲッツが60年代以降、ボサノバなどで成功を収めたことについては《商業主義に走ったのではなく、自分のスタイルを発展させていったと思う》と答えた。
 彼の自宅には、スタン・ゲッツと共演した時の貴重な写真や、伝説のピアニスト、ヤン・ヨハンソンとの写真などが飾られている。CD棚にはゲッツのアルバムも数多く含まれていた。ゲッツが絶賛したこの名手も、日本を訪れたことはなかった。長年にわたり交流のあったベース奏者の森泰人は、2020年にこそトランペット奏者のヤン・アランと、エリックを含む日本ツアーを企画していたが、残念ながら実現しなかった。

by makotogotoh | 2019-06-10 04:11 | 訃報
<< 2019.06.07 Yosh... .JAZZ講座 新「トミー・フ... >>