家庭人としての油井正一とは?

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 1年近く前の刊行物だが、慶應義塾大学アート・センターが発行しているARTLETという小冊子に「家庭人としての油井正一」というエッセイが掲載されている。書かれたのは油井さんの長男である油井正太郎氏。「ジャズ評論家油井正一」を知っている人は実に多いが、「家庭人の油井正一」を知っているのは、もちろん家族だけ。だから、とても興味深い内容であった。そこで正太郎さんのエッセイの要旨をまとめた。油井正一(1918-1998)って誰?という人はこちらを参照。
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・油井さんは「自分の人生は波乱万丈だった」と自叙伝で語っている(注:晩年、油井さんが自叙伝を執筆されていたことは知っているが、出版されたという話を私は知らない)
・油井さんは、妻の国子さんと昭和19年1月に結婚した。
・油井さんは、驚くほどの優しさと寛容さで、国子さんを包み込み終生愛した。
・油井さんは、「清濁併せ呑む」という言葉をよく口にした。
・油井さんの長男、正太郎さんは1948年に生まれた。
・油井さんは、1947年、弱冠29歳で商事会社の2代目社長となり、神戸六甲の麓に住んでいた。
・油井さんは、くだらないクイズや手品が好きだった。大網冷凍人間(オーネット・コールマン)など。
・油井さんは、子供が寝付くまで、源義経、弁慶、那須与一、佐野源左衛門常世などの歴史物語を語った。
・油井さんの家業は、羽二重の輸出だったが、化繊に押されうまくいかなくなった。
・1953年7月25日発行の帝国興信所の特報に「名門を誇る絹織物問屋、油井株式会社破綻、負債2億5千万円」と載った。
・正太郎氏が小学校2年生の時(1956年?)、六甲の邸宅を売り、都内目黒区八雲に引っ越した。
・会社が倒産すると、戦前から雑誌に寄稿していたジャズ評論で身を立てた。
・「俺は午年だから、死ぬまで馬車馬のように働く」が油井さんの口癖だった。
・「酒は百薬の長」と言いながら、毎晩徳利をお燗して「明日朝までに25枚書く」といって自室にこもった。
・正太郎氏が中学3年になった頃、NHKテレビのいくつかの番組に出演するようになり、名前も売れた。
・ラジオやテレビの英会話番組をテープに録音し、声を出して練習していた。
・油井さんの愛聴番組は「シャボン玉ホリデー」「てなもんや三度笠」で、いつもウヒヒヒヒと、けたたましい笑い声をあげていた。
・8ミリに凝っていて、旅行時にはいつも携帯し、後日編集に精を出していた。
・月に1回試聴盤を取りにレコード会社巡りをすると、正太郎さんを「これがうちの息子」と、行く先々で紹介した。
・世話好きで、相談を受けると相手が息子の友達とあっても、すぐ相談にのり、自らで向いて、驚かすことが再三あった。
・ミュージシャンと会って帰宅すると、身振り手振りを交えて、その模様を家族に語った。
・清潔好き、整理整頓を旨として、マメだったので、じっとしていることがなく、仕事の合間に掃除、窓拭き、芝刈りなどをした。
・新しいものが好きで、ワープロが出ると、マニュアルを隅々まで読みこなし、それで原稿を書いた。
・好奇心の固まり、野次馬精神旺盛で、町中の地図や石碑を読み、あちこちの店に覗き込み、寄り道をした。
・今もし生きていたら、パソコンや携帯電話に熱中し、可愛がっていた孫たちとやりとりをし、目を細めていただろう。

【おまけ】
 新宿ピットインでエルヴィン・ジョーンズとウィントン・マルサリスのライヴ録音があった時、開演間際でとぼとぼと歩いて来られた時には本当にびっくりした。
 会場は満員電車の蒸し風呂状態だったが、油井さんは最後まで熱心に聴いていた。ずっと立っていた私は、演奏中にあれほど意識が朦朧としたライヴはない。
 何度も「(自宅に)一度遊びに来なさい」と言われたが、結局、一度も行けなかった。
 「神戸三中でわしは淀川(長治)さんの子分だった」と言っていた。
 ジャズ・フェスティバルの時、宿泊所でレコード会社の担当者や岩浪洋三さんと囲碁をよくやっていた。
 あの口調で「油井でございます」といわれて名刺交換した時に、とても緊張した。
 随分昔だが、油井さんのように「清濁併せ呑」んで生きていくことは無理だと悟った。
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by makotogotoh | 2008-02-23 08:52
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