批評という行為

(昨日の続き)
私の場合、一般の読者から届く声でもっとも多いのは、間違いの指摘とお叱りの言葉だ。しかし、レビューやライナーノーツを読んだ演奏者や製作者から、手紙やメールで嬉しい感想をもらうことがある。「こちらの意図が理解してもらえた」「ちゃんと聴いて書いてくれたんですね」というコメントがあると、レビュアー冥利につきる。

 再び東良さんの日記より。「批評という行為」について。
《(前略)たとえAVとは言え、誰がが作ったものに関しては最大限に気を使う。だいいちに自分は、少なくはあるがそうやってギャラを戴いている者なのだ。(中略)批評という行為には自ずとリスペクトという観念が伴う。ネット等によくある匿名のカスタマーズレビュー、ユーザーズレビューが、究極的に意味を持たないのはそこだ。「俺は金を払ったから」という非常に些末な理由に頼り切ったうえでものを言っているからだ。この際だからハッキリ言っておこう。オレは、小金を払って「良い悪い」と言ってるわけではない。自分の生活、物書きとしての生き方、そしてたいして高くはないがギャラを貰ったうえで批評をしている。命をかけているというのはその意味だ
 音楽とAVでは、批評の対象は全く違うが、言わんとすることはよくわかる。

 ギャラの多寡に関係なく、東良さんはAV批評という(世間的にはちょっと、と思われるような仕事であっても)、自分の仕事に「誇り」を持っている。
 その仕事が「好き」とか「嫌い」という単純なレベルの話ではない。
仮に避けて通りたい「嫌な」仕事であっても、誠心誠意取り組むことから、その仕事に対する誇りが生まれる。自分の作品に自信があるから、誇りを感じるから、それを観た人、聴いた人、読んだ人から感謝された時に嬉しいと感じるのだ。
 いま世の中に蔓延しているのは嫌な仕事に直面すると、すぐ逃げ出す無責任さと、「お金を出したもの(消費者)が一番偉い。お金さえだせば何を言っても許される」という大いなる勘違いだ。

 社会のあちこちで見られるようになった理不尽な行動や要求は、この無責任と勘違いに、少なからず関係している。
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# by makotogotoh | 2007-09-04 07:03

人の想いとは繋がるのだと思った(東良美季)

a0107397_9515218.jpg 執筆業の中年男性が近くの公園で拾った二匹の子猫。その出会いから別れまでを綴った『猫の神様』(東良美季著 新潮社)は、インターネットで公開していた日記が編集者の目に止まり、今年の3月、単行本化された。東良さんは1958年生まれ。國學院大學文学部哲学科卒。雑誌編集者、AV監督、音楽PVディレクター、グラフィックデザイナーを経て現在は執筆業(ライター)。

 病気のため1週間、何も食べなかった猫に、マグロの刺身を与えたところ、なんと四切れ、五切れと口にする、その場面。
《(前略)涙が出た。「食べた」「食べた」と一人呟いて泣いた。これで命が繋がったかどうかは判らない。でも、インターネットに日記を書いて、見ず知らずの人たちがこの見たこともないちっぽけな猫のことを心配してくれている。その想いがみャ太にも伝わった気がした。嬉しくて嬉しくて涙がポロポロと落ちた。人の想いとは繋がるのだと思った。長い間文章を書いてきたけれどこんな経験は初めてだった。》

 私も長い間文章を書いているが、こんな経験は一度もない。
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# by makotogotoh | 2007-09-03 22:04

音楽的な興味に加えて、将来の養老年金のためにも是非1枚入手したい(ビル・リード)

a0107397_12304653.jpg たった1枚のレコードを残して消息を絶った女性歌手。その消息を探す旅というのは、マニアにとってワクワクするような企画だ。ライナーを書いたビル・リードは、アマゾン秘境を探検する川口浩か、埋蔵金を求め巨大ブルドーザーであちこちを掘削し続ける糸井重里のように、可能な限りの証言と資料を求めて放浪するが、結局、彼女の居場所はつかめない。
《それは、才能的にトップクラスとはいえなくとも(実際にはかなり上手いシンガーだったが)、彼女のアルバム“Here Comes Carole Creveling”がコレクター市場に出ると相当の値段になるからである。タイトルには“Volume One”とついているが、続編は作られなかったはずだ。もし存在するなら、音楽的な興味に加えて、将来の養老年金のためにも是非1枚入手したいところだ。
(中略)現地の公立図書館へ行き、1955年ごろの電話帳にCarole Crevelingを見つけた。そして同じ住所にGeorge W. and Florien Creveling。キャロルの両親だろうか? しかしその住所にCreveling姓の家は存在しなかった。アルバム・カバーのように、キャロルが海から現れることを半分期待していたが、願いは見事に打ち砕かれてしまった
 1955年に録音された唯一?のアルバムに、その翌年発表されたシングル用の2曲を追加しての復刻。当時売り出し中のクリス・コナー(ほどではないが)を思わせる、ほどよくハスキーな声質、素朴な歌唱がどこか愛おしい。
 こういう作品が復刻されることは、同じ名盤だけが何度も繰り返して復刻される状況よりも、少なからず意義深い。この再発で彼女に対する認識が高まり、リードも調べられなかった新事実が判明するかもしれない。リード探偵の活躍に幸多かれ。2007年8月22日発売。XQAM-1021
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# by makotogotoh | 2007-09-02 12:32