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このジャケットはアメリカ人の俺から見ても最悪だ(ある米人)。

a0107397_7583821.jpg以下、あるアメリカ人との会話。
後藤:日本の音楽ファンは、よく“ジャケット買い”をするんだ。
ある米人:なんだ、その“ジャケット買い”って?
後藤:《ジャケットがいいアルバムは、中身の音楽もいい》という、まぁ一種の迷信だ。日本にはどのジャンルにも、そういうファンが少なからずいて、いわゆるセクシーなジャケット、芸術性の高いジャケットに“一目ぼれ”して、そのCDを買う人がいるということだ。ジャケットばかり集めた美術本も出ているくらいだ。
ある米人:では一部のレーベルに顕著な、女性のヌード写真や、脚線美を強調したデザインが多いのはなぜ?
後藤:そういう志向をもつ、日本人男性を狙ったものだろう。女性の裸を商品化したようなジャケットは、女性のジャズ・ファンは敬遠すると思う。
    ところで、ジョン・メイヤーの前作だが、日本人は“ジャケ買い”しないと思う。残念ながら。
ある米人:日本人の基準は、よくわからない。しかし、このジャケットは、アメリカ人の俺がみても、最悪だな。とても買いたくなる代物ではない。
後藤:そうかもしれんが、彼にとっては最愛の妻なんだ(苦笑)。

ベテラン・ピアニストのジョン・メイヤーも少し反省したのか?今回は芸術性の高いジャケット(上参照)で頑張ってます、はい。RSR CD 191。
# by makotogotoh | 2007-09-25 08:02

演奏家にとっての社会参加とは

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 昨日の続き。多田さんの『寡黙なる巨人』を読んで、真っ先に思い浮かんだのは、オスカー・ピーターソンバリー・ハリスのことだ。脳梗塞に倒れた彼らも、以前のようにピアノが弾けないと分かった時、多田さんと同じ「絶望の淵」に立ったことだろう。そして彼らもリハビリテーションを続け、その後見事、復活したことは広く知られている。
 もちろんピーターソンもハリスも、両手を使った速いフレーズを、以前のように弾けるわけではない。でもこの事実だけで、ジャズ・ミュージシャンとしての生命が終わった、と判断すべきではない。
 今でも彼らは聴衆を前に以前と同じようにステージに立ち、演奏し、その演奏を聴いた聴衆は惜しみない拍手や喝采を送っている。演奏者が聴衆と、音楽の感動を共有している。
聴衆の前で演奏し続ける。これぞ彼らの社会参加だ。
# by makotogotoh | 2007-09-24 08:36

文章を書いて社会に参加できると希望が生まれた(多田富雄)

a0107397_11545483.jpg 脳梗塞と前立腺がん、大腸がんという3つの疾病にはかかりたくない。なぜなら前者は父が、後者は母が、患った病気だから。どうすればこの病気にかかるのか、何をすればかからないのか、私の関心は非常に高い。タイトルの言葉は多田富雄『寡黙なる巨人』(集英社)より。

 多田富雄さんは1934年生まれの免疫学者。この本は2001年5月、金沢で脳梗塞で倒れた彼が、絶望の淵から這い上がるまでの1年半におよぶ闘病記録(書き下ろし)と、その後の6年間で新聞や雑誌のために書いたエッセイをまとめたもの。
 前半の闘病記録は、経験者ならではの筆致でじつに痛々しい。思わず顔をしかめ、言葉を失う場面もある。身体や言葉、摂食の自由を失い、発病後は死ぬことばかり考えていた多田さんは、当初ワープロの使い方もわからなかったが、左手だけで1字ずつ打って書き始める。病床でも、リハビリ中でも、何かを書くことで、自分が生きること、社会に参加しているという実感が得た。経験者ならではの言葉だ。
 後半のエッセイは、どれも短くすぐ読めてしまう。自分が経験したこと、感じたことなど、世の中の矛盾について、学者らしく鋭い考察を試みる。 《この頃の医者は、患者の顔をみようとしない。パソコンのデータばかり覗き込んでこちらを振り向かない》(「近代医療に欠けているもの」)というのは、私もしょちゅう遭遇している出来事のひとつだ。
タイトルの 「寡黙なる巨人」とは、かすかに動いた右足の親指をみて、これを動かしているのは自分ではなく、「自分のなかにいる得体のしれない何か」と感じた。その何かを《縛られたまま沈黙している巨人》と、彼は表現した。以下はあとがきから。
 《(前略)私は自分の中の「巨人」にこう語りかける。今しばらくの辛抱だ。これまでの苦痛に比べたら、何ほどのことがあろう。戦え。怒れ。のた打ち回れ。「寡黙なる巨人」は声で答えることはできないが、心に深くうなずくものがあった》

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寡黙なる巨人 | 商品情報(書籍)
# by makotogotoh | 2007-09-23 11:58